インドのおみやげ屋で実感する子供の格差
洗礼を受けた二日後、体力も少し回復したので近くのお土産屋に行くことにした。
人気店らしく、高級車ではないが大きな車が何台も店の前に並んでいた。
店内に入ると、おしゃれで美味しそうなお菓子やスイーツが並んでいる。
奥には軽食も頼んで食べられるスペースがあり、とりあえず先にそこでランチを食べることにした。
席に着くと、すぐに近くにサリーを着た清掃を担当している女性がいた。僕らと同じくらいの年齢だろうか?少しカサついた肌で、表情の変化もなく苦労してきた感じが伝わってくる。
とりあえずホットサンド的なものを頼み、普通においしかった。
ただ食べたものが濃厚でボリュームがあり、ちょっと弱っていたこともあって全部は食べられなかった。なので少し残して近くにあったゴミ箱に捨てたのだが、そのことをすぐに後悔した。
というのもそばにいる女性のように、清掃を担当するのは一般的にカーストが低い人がするからだ。
カーストが法的にもうないと言っても根強く文化として残っている。
そして多分僕たちが頼んだ物はそういった人たちが普段食べない、あるいは高価で食べられない物だからだ。それを彼女の目の前で捨ててしまったことに罪悪感を感じてしまった。持ち帰ればよかったと。
席を後にして、お土産売り場に移動した。
店内にはおしゃれなユニフォームを着た若い店員が何人かいる。そして僕らについて来る。これはきっと商品の前で買おうか悩んでいる態度をとったら声をかけられるパターンだ。と思っていたら声をかけられた。商品の説明が始まる。こういうの苦手なんだけどと思いつつ、諦めて一通り説明を聞いたが、現地語なのか癖の強い英語なのか、どちらにしろほぼ何言っているか分からなかった。
お土産売り場には家族連れもたくさんいて、子供達が楽しそうに店の中を走り回ったりしている。
お父さんやお母さんらしき人たちも笑顔でとても幸せそうなファミリーがいっぱいだ。
インド人は無表情な人が多いという印象があったが、ここは別世界のようだ。
特に何も買わず店を出ると、小さな子供が寄ってきた。
ーーすぐに察した、物乞いだと。
サリーをきた女の子で、服や顔も少し汚れている。夜中にタクシーでホテルに向かう途中に、母親と子供が一緒に歩いているのを高架下で2組くらい見かけたが、そういった家のない子供だろうか。
表情は無く見上げながらこっちをまっすぐ見つめ、手を差し出している。
どうすべきか分からなかった。
こんな目の前で物乞いをされたのは初めてだったからだ。しかも幼い子供に。
ノーとも言えず、立ち尽くしていると子供は去っていった。
なぜお金を渡さなかったのか自分でも分からない。
お金をあげていても、せいぜいジュースを買うくらいの金額だ。
でも何も渡さなかったのはきっと、こう思ったのかも知れない。
今日あの子が生きる分のお金を上げて、何の意味があるのか。
助けるなら根本的に助けるべきではないのか。
その子を助けるなら、他の子も助けるべきではないのか。
正直今でも理由は分からないし、また同じように物乞いされてもお金を渡すのかどうかも分からない。
ただお土産屋の中と一歩出た外の世界は別世界だと言うことに、日本との大きな違いを感じた。





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