【南インド】インドの洗礼 - 後編

【南インド】インドの洗礼 – 後編

さあ、インドで有名な暴走運転とクラクション祭り!

不安もあったが、車に乗れたことでの安心感と空港の外に出てインドの世界を見れるという思いから変にハイでわくわくしてしまっていた。

結構なハイスピード、そして我は我はとクラクションを鳴らしながら他の車両の隙間を抜けていく。日本の煽り運転とは違い、一種の運転技術のようにも感じる。

今からそこ通りますよー!私ここにいますよー!といった感じ。

インドの事故率は高いので、この運転方法がいいわけではないのだが、みんなが法定スピードを超えている中、忠実に法定スピードを厳守する車が1台あることが逆に危ないみたいなものだろうか。まあどっちにしろ全部危ないんだけどね。

深夜だったので空港からちょっと離れるとそこまでの荒い運転はなくなり、無事ホテルに到着。
ただこのあとがヤバかった。

タクシーを降りると目の前には電飾がぶら下がるきれいに見えるホテルが。ホテルは窓ガラス越しにそれなりのフロントが見える。

きれいに見えると言ったのは夜だからよく見えないからではなく、ホテルの前の道路が汚く、そこにやせ細った犬と人間が横たわっていたからだ。ホテルと路上のクオリティの差が激しい。

だが長時間の移動と睡眠不足で疲れ切り、HPが0に近い僕はそんな横たわる彼らにほとんど目も向けずにホテルの入り口に向かった。

ホテルに入ると半袖のオレンジっぽい色の制服を着たスタッフが数人とビジネスカジュアルな服装の清潔感のある若めの役職っぽいスタッフが一人いた。

そのスタッフに、

「I’m 名前 who have reserved hear.(予約をしていた◯◯です)」と微妙な英語で伝えると、どちら様?といった感じだった。

珍しい日本人の客が予約したのに、この反応は「あれ、まさか」と思った。

もう一度、同じように名乗ると「どこのプラットフォームから予約したの?」と聞かれたので「Your website! Your Homepage!(ホテルのホームページから!)」と返答しながらプリントアウトした予約内容の紙を見せた。すると、何か言ってくれているのだが英語が聞き取れない。妻がスマホを取り出して、Goole翻訳に入力してもらった。

そして、こう翻訳された。

「この予約はキャンセルされました」

さらに入力を続けた

「このホテルは全室満室です」

何を言っているのだろうか。日本で早朝5時前に起きてから20時間以上が経過。今は日本時間の深夜3時。はるばる遠いインドにやってきた。

慣れない飛行機、慣れない国、慣れない英語。

疲労はピークに達しようとしていた。でもあとはシャワーを浴びて寝るだけのはずだ。ここが今日のゴール。空港からは喉がカラカラでお腹も空いていたが、何かを口にする時間も惜しいくらい早くホテルで休みたいと思い、ここまで来た。

だがこの有様。

「I didn’t reserve your cancel mail!(予約キャンセルのメールは受け取ってないよ!)」

と伝えると

「不具合かもしれません」

便利な言葉だ。仕事柄、日本でよく不具合を指摘するとサービスの運営側が不具合と認めたくないがために「仕様です」という回答をもらうことがあるが、今回は逆だ。堂々と認めてきた。

この都合のよい言葉に一瞬、思考が止まったが最後にダメ元で「Can I reserve?(予約できない?)」と聞いてみた。(言葉としては予約じゃなくて、今日泊めてもらうことはできない?と聞くべきだったが)

だがやはり「このホテルに空室はありません」と回答される。

「Sold out!?(満室!?)」と念押しして聞くがやはりだめ。

するとGoogle翻訳に入力し始め、こう伝えてきた。

「この辺の安いホテルでは詐欺が横行しています」

僕はこの言葉を聞いた瞬間に「あ、まずい」と思ったが、彼はさらに続けた。

「この周辺のホテルはすべて満室です」

「そこで私は提案します」

「空港の近くのホテルを紹介します」

「リッチなホテルなので高いですが安全です」

Youtubeやインドのガイド本でよく見るやつだ。紹介詐欺。

相場よりも高い値段でホテルや移動手段、あるいはツアーなどを紹介して、そのお金や紹介料などをもらうぼったくりの詐欺だ。

タクシーで悪徳旅行代理店に連れてかれて、このようなことに巻き込まれるパターンは知っていたが、まさか予約したホテルで遭遇するとは思っていなかった。しかも中級レベルと言えど安宿ではないホテルで。

初インドの緊張で飛行機の移動中に寝ることもできなかったので、もう本当に体力は限界に来ていた。今から他のホテルを探す元気どころか、今目の前にいる人達とやりとりする気力ももうない。かといって深夜のインドで路上で寝るなんて恐怖そのものだ。

思考が停止しかけたとき、目の前がぼんやり白くなり始めた。

やばい、脳貧血だ。

過去に何度か過労や強いストレスを受けたときに、この症状に陥ったことがある。

そのまま立っていると100%、垂直に床にぶっ倒れてしまう。

相手は何かまだ説明をしていたが、急いで近くの椅子に座るり、椅子から落ちないように頭と肩を壁にもたれかかる。今まで座ればとりあえず白くなった視界は戻ってきたから大丈夫だと思った。

だが紹介されるホテルがいくらか気になり、あまりにも高額でなければそのホテルでいいと思い、視界が戻り切る前に「About how much?(だいたいいくら?)」と聞いてしまった。

・・・その後の数分間の記憶がない。

そう、気を失ったのだ。
今まで倒れたときは気を失うまでの記憶はあったが、今回は完全に途中から記憶がない。

ここまで体験したことが新しいことばかり過ぎて、受けた過労とストレスが過去の経験の中でも極度のものだったのだろう。

意識を取り戻しかけたとき、目の前がまだぼんやりとしており、自分が今日本にいるのか、インドにいるのか、そもそも現実なのか夢なのかも分からなかった。

視界が戻ったとき、目の前にはさっきよりも多いホテルのスタッフと、僕の身体を抱いて支える妻がいた。
汗だくになっていたのか大型の扇風機も当てられていた。

水を飲むようにと妻に勧められて渡されたミネラルウォーターを飲み、空港で買っていたドライフルーツを渡されて食べ、体温も下がり、乾きと空腹が少し満たされると僕は正気を取り戻していった。

ソファに移動してリラックスした状態で座ると、妻がこのホテルに泊めてもらえることになったことを伝えてくれた。

だが正直「は?」だ。

さっきまで満室で空き室はないと言っていたのに、なぜ泊まれるのだろうかと。

理由を聞き返す元気もなかったが、あとで聞いた話だと、僕が気を失った直後にホテルを紹介してやると言っていた男が、急いで部屋の鍵を持ってきて僕の手に握らせようとしたそうだ。

もちろん意識がないので握ることはできないのだが、それでも完全に握力が抜けた僕の手に鍵を持たせようとしていたそうだ。

日本人の予約を一方的にキャンセルし、別の高いホテルを紹介しようとして、ここでもし大ごとになったら問題にでもなるとでも思ったのだろうか。

それとも詐欺やぼったくりは平気でできるが、倒れた人間は救わねばという人間らしい気持ちは持っていたということなのだろうか。

真意は分からなかったが、泊まれる部屋は予約したときの部屋よりもグレードダウンした部屋で、同じ宿泊日数でも宿泊料金はより高い金額を提示された。

インドは泥臭い場所と言われている。
なので結局、鍵を持たせようとした男は、同情も欲望も両方を強く持ち合わせていたのではないかと感じた。

部屋に案内されると、荷物を運んでくれたスタッフは丁寧に部屋の説明をしてくれて、温水のシャワーも付いており、水回りや部屋は綺麗だった。

ただベッドは長期間、使われていなかったのか湿っていた。
シミや髪の毛もついているので、誰かが使った後に洗っていないことは確かだ。

普段ならこんなベッドに寝るなんて考えただけでも鳥肌が立つが、本能がそんな事はどうでもいいと言ってきた。もうゆっくり休みたいと。
僕はさっさとシャワーを浴び、ベットに入り、そして長い1日は終わった。

ーー翌朝、妻が「日本に帰ろう」と言い、僕はそれに同意した。

ぼったくりに合ったホテル目の前の道路
ぼったくりに合ったホテル目の前の道路
ぼったくりに合ったホテル目の前の道路
空港近くなので車やバイクの通りが激しい
ホテルの部屋の窓からの景色
ホテルの部屋の窓からの景色
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